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2023.10.19

脚で蹴る力はどれくらいか

蹴飛ばされて怪我をした、或いは死亡した、という事例について、被害者はどれくらいの力で蹴られたか、という質問を受けることがある。弱い力とかかなり強い力とか表現するが、具体性に乏しいので計算できないか考えてみた。

質量mkgの物体に働く重力の大きさはmg[N]で、重力の加速度gはおよそ9.8m/s²である。

 

下腿の重量は体重の約10%であるから体重50kgの人なら5kgであるので1mの高さにある下腿は 5×9.8×1≒50 の位置エネルギーがあり、初速度0の自由落下では50kgの力が加わることになる。頭部の重さもそれくらいなので立位から棒倒しのように倒れた場合、身長150cmとしても、1mから自由落下する足の1.5倍、即ち75kg程度の力がかかることになる。一般に、この程度の力で致死的とされている。

瞬間にかかる力は

即ち 重さ×速度の変化÷時間  となる。

 

全ての運動量が伝わったとすると、例えば頭部がインパクトを受けてから静止するまでの時間が0.01sec(1/100sec)としても力は運動量(質量×速度)の変化÷時間なので 75kgm/s÷0.01=7500Nの力が瞬間的に発生する。

足の底屈力(踏む力)の最大発揮力はおよそ成人男子で1000N、高齢者では700N、女性では500N程度なので、転倒時の衝撃はかなり強いと推定される。(もちろん応力や歪などは無視した場合であるし、衝突時間も仮定であるが)

尚、プロ野球選手の打撃力は27K~45KN×1/1000~2000secであるという。

蹴る速度(脚伸展力)は成人男子で15m/sec程度(7歳児で10m/sec、プロサッカー選手で30m/secに達する)であるから、下腿重量×15m/sec÷時間となるので、およそ7500Nと、致命的な力が作用する可能性がある。

以上の条件は、勢いをつけずに蹴りだした場合であるし、静止するのにかかる時間を10倍程度甘く見ているので(1/100~1/1000sec)、固定された(床、地面に接している)頭部を踏みつけるなどの作用機序であれば、損傷は更に増大する。

脳振盪を生じせしめる速度はBrown,Russel(1941)によれば0.85m/sec以下とも言われており、脳振盪は何らかの器質的障害を伴う可能性があるため、頭部への足蹴り等の行為は極めて危険であるといえる。

 

衝撃力の計算(別の方法・九州大学大学院 原田淳教授の計算式から)

Ⅰ. 衝撃力の定義

質量m[kg]の物体が地上より高さh[m]のところから落下したときの地上での速さv[m/s]は、重力加速度をg[m/s2]として

で与えられる。この物体はそのとき、mv[kg・m/s]という運動量を持つ。着地によって、着地面より力F[N]を時間⊿t[s]だけ受け、この運動量はゼロになる。

そのとき、力が一定であると仮定すると

が成り立つので

を得る。これをその物体が受ける衝撃力とする。

 

Ⅱ. ⊿tの評価

この問題で難しいのは⊿tの評価である。以下では次のように考えることにする。
落下した物体は地上では速度v[m/s]を持っている。この物体がおよそl[m]だけ進むことによって衝撃を吸収し、速度がゼロになったと考える。

そうすると速度がゼロになるまでの時間はl/v[m/s]で与えられる。それゆえ次元解析から

と評価できる。
一定の力が働き、加速度 –a[m/s2]の等加速度運動によって速度がゼロになったとすると、

とfactor 2だけ異なる。

また、弾性的な力が働いて速度がゼロになったとすると、バネ定数をk[N/m]として、変位x[m]は

で与えられるが、t = 0で速度がvであったことを用いると

となる。であるときx = l = Aとなって静止することを用いると

となり、だけ異なる。

いずれの場合も factor(1)を除いて(2.1)と一致する。以下では(2.1)を用いる。 そうすると(1.1)と(1.3)と(2.1)とから

を得る。

 

Ⅲ. 衝撃力の評価

以上の準備の下に衝撃力の評価を行う。床に寝ている状態にある被害者の頭部を足で踏みつけた場合(布団で衝撃が吸収され5cmだけ動いたと仮定)を想定すると、下腿重量を m = 5[kg] 、下腿が頭部にぶつかるまでの移動距離 h = 0.2[m] 、
初速度 v = 10[m/s]移動距離 l = 0.05[m] であるとする。これらを(2.6)に代入して
F= 4000 [N] (初速度のない場合:自由落下の場合)およそ400[kgf]
F= 1000 [N] (初速度のある場合:踏みつけた場合) およそ1000[kgf]
を得る。すなわち、衝撃力は質量の単位で1トン程度であると評価できる。

 

結論

衝撃力を計算する明確な定義は存在しないため以上のような仮定が必要ではあるが、いずれの計算式を用いても、結果を大きく左右する因子は、衝突から静止するまでの時間と、衝突後の移動距離であることが分かる。

もちろん衝撃の作用点は重心との直線状に無いことが殆どであるから、回転モーメントが作用するため衝撃力は緩和されることが期待される。

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