院長一口メモ

脚で蹴る力はどれくらいか 〜法医学まめ知識〜

蹴飛ばされて怪我をした、或いは死亡した、という事例について、被害者はどれくらいの力で蹴られたか、という質問を受けることがある。弱い力とかかなり強い力とか表現するが、具体性に乏しいので計算できないか考えてみた。

質量mkgの物体に働く重力の大きさはmg[N]で、重力の加速度gはおよそ9.8m/s²である。

下腿の重量は体重の約10%であるから体重50kgの人なら5kgであるので1mの高さにある下腿は 5×9.8×1≒50 の位置エネルギーがあり、初速度0の自由落下では50kgの力が加わることになる。頭部の重さもそれくらいなので立位から棒倒しのように倒れた場合、身長150cmとしても、1mから自由落下する足の1.5倍、即ち75kg程度の力がかかることになる。一般に、この程度の力で致死的とされている。

瞬間にかかる力は

即ち       重さ×速度の変化÷時間  となる。

全ての運動量が伝わったとすると、例えば頭部がインパクトを受けてから静止するまでの時間が0.01sec(1/100sec)としても力は運動量(質量×速度)の変化÷時間なので 75kgm/s÷0.01=7500Nの力が瞬間的に発生する。

足の底屈力(踏む力)の最大発揮力はおよそ成人男子で1000N、高齢者では700N、女性では500N程度なので、転倒時の衝撃はかなり強いと推定される。(もちろん応力や歪などは無視した場合であるし、衝突時間も仮定であるが)

尚、プロ野球選手の打撃力は27K~45KN×1/1000~2000secであるという。

蹴る速度(脚伸展力)は成人男子で15m/sec程度(7歳児で10m/sec、プロサッカー選手で30m/secに達する)であるから、下腿重量×15m/sec÷時間となるので、およそ7500Nと、致命的な力が作用する可能性がある。

以上の条件は、勢いをつけずに蹴りだした場合であるし、静止するのにかかる時間を10倍程度甘く見ているので(1/100~1/1000sec)、固定された(床、地面に接している)頭部を踏みつけるなどの作用機序であれば、損傷は更に増大する。

脳振盪を生じせしめる速度はBrown,Russel(1941)によれば0.85m/sec以下とも言われており、脳振盪は何らかの器質的障害を伴う可能性があるため、頭部への足蹴り等の行為は極めて危険であるといえる。

衝撃力の計算(別の方法・九州大学大学院 原田淳教授の計算式から)

Ⅰ. 衝撃力の定義
質量m[kg]の物体が地上より高さh[m]のところから落下したときの地上での速さv[m/s]は、重力加速度をg[m/s2]として
で与えられる。この物体はそのとき、mv[kg・m/s]という運動量を持つ。着地によって、着地面より力F[N]を時間⊿t[s]だけ受け、この運動量はゼロになる。そのとき、力が一定であると仮定すると
が成り立つので
を得る。これをその物体が受ける衝撃力とする。
Ⅱ. ⊿tの評価
この問題で難しいのは⊿tの評価である。以下では次のように考えることにする。
落下した物体は地上では速度v[m/s]を持っている。この物体がおよそl[m]だけ進むことによって衝撃を吸収し、速度がゼロになったと考える。そうすると速度がゼロになるまでの時間はl/v[m/s]で与えられる。それゆえ次元解析から
と評価できる。
一定の力が働き、加速度 –a[m/s2]の等加速度運動によって速度がゼロになったとすると、
とfactor 2だけ異なる。
また、弾性的な力が働いて速度がゼロになったとすると、バネ定数をk[N/m]として、変位x[m]は
で与えられるが、t = 0で速度がvであったことを用いると
となる。であるときx = l = Aとなって静止することを用いると
となり、だけ異なる。
いずれの場合も factor(1)を除いて(2.1)と一致する。以下では(2.1)を用いる。 そうすると(1.1)と(1.3)と(2.1)とから
を得る。
Ⅲ. 衝撃力の評価
以上の準備の下に衝撃力の評価を行う。床に寝ている状態にある被害者の頭部を足で踏みつけた場合(布団で衝撃が吸収され5cmだけ動いたと仮定)を想定すると、
下腿重量を m = 5[kg] 、下腿が頭部にぶつかるまでの移動距離 h = 0.2[m] 、
初速度 v = 10[m/s]移動距離 l = 0.05[m] であるとする。これらを(2.6)に代入して
  F= 4000 [N] (初速度のない場合:自由落下の場合)およそ400[kgf]
  F= 1000 [N] (初速度のある場合:踏みつけた場合) およそ1000[kgf]
を得る。すなわち、衝撃力は質量の単位で1トン程度であると評価できる。

結論 衝撃力を計算する明確な定義は存在しないため以上のような仮定が必要ではあるが、いずれの計算式を用いても、結果を大きく左右する因子は、衝突から静止するまでの時間と、衝突後の移動距離であることが分かる。

首を絞められるとどうなるか 〜法医学まめ知識〜

首を絞められる、即ち絞頚、扼頚については窒息論を含めて多くの教科書に詳述されている。死に至る機序についても数多くの研究があり、ここで考えてみるのは力についてである。

頸部に圧力が加わる状態というのは、絞頚、扼頚、縊頚の何れであっても1.気道閉塞、2.動脈閉塞、3.静脈閉塞を生じる。(神経刺激;頚動脈洞反射、筋肉刺激;咽喉頭痙攣、等についてはここでは考えない。)

1.気道閉塞

気道が閉塞されるということは、肺の換気が出来なくなるということであり、結果的に肺でのガス交換が出来ない状態になる。肺胞レベルでのガス交換は主に拡散によりほぼ瞬時に行われる。
(通常の換気では、肺胞レベルでの血液通過時間は0.75sec、酸素分圧がプラトーになるのは、その内0.25sec.であり、ガス交換によって静脈血(PO2=40mmHg,PCO2=46mmHg)が動脈血(PO2=100mmHg,PCO2=40mmHg)に酸素化される。)

通常、肺内の空気量、酸素分圧、血液中の酸素量から予備酸素量として体内には1.2Lの酸素が存在する。
(肺内の空気量;6L、酸素分圧;14%なので肺に0.7L、全身の血液量;5L、酸素分圧;10%なので血液中に0.5L)

酸素消費量は250ml~1000ml/min なので1~5min.分の予備がある計算になる。

一方、気道閉塞いわゆる窒息死体などに見られるチアノーゼという症状は血液中のデオキシヘモグロビン(還元ヘモグロビン:酸素化されていない状態)が5g/100ml以上になった状態をいう。
(中枢型チアノーゼの動脈血酸素分圧手以下の場合を考えるので、末梢型チアノーゼの血流障害は考えない。)

正常静脈血の酸素飽和度は75%なのでデオキシヘモグロビンは25%である。従ってヘモグロビン15g/dlの人では、デオキシヘモグロビンが5g/dlになる酸素飽和度は66%
(Hbが10g/dlの場合は50%)である。血液の酸素化が出来ない状態だけを考えると、肺循環量=体循環量だから、約1分間で動脈血が静脈血と同じ酸素分圧になる。従って酸素解離曲線を考えても、換気のみ停止した場合にチアノーゼが発現するのに要する時間は約75秒となる。(酸素化の障害だけを考えた場合)

ウサギを用いた気管閉塞実験でもPaO2の低下は、40秒で50%、75秒で33%、3分で11%とされており、概ね計算に合致する。 尚、気道を閉塞するのに要する力は約15Kgとされている。(後述)

2.動脈閉塞

頸部の動脈は左右に内外頸動脈、椎骨動脈があり脳及び顔面に動脈血を供給している。血流量は心拍出量の約17%、約1000ml/min であり、上腕への血流量もほぼ同等である。脳への血液供給が途絶されると当然ながら神経機能が障害を受け、神経細胞の非可逆変化は5~6分で起こるとされている。また、意識障害などの脳虚血症状はすぐに起きる。例えば脈拍が停止するような状態になった患者さんは「すーっと暗くなっていった」という表現をする。

内頸動脈血流遮断試験時の脳血流動態からは、内頸動脈平均内圧の低下によって遮断側大脳半球の広範囲で局所脳血流の低下(特に中大脳動脈領域)が惹起され、それが45mmHg以上では自動調節能によって灌流が維持され、短時間の急性血流遮断で脳虚血症状が発現する閾値は15~18ml/100g/minと考えられている。

尚、頸動脈を閉塞するのに要する力は3.5~5kgとされている。(後述)

3.静脈閉塞

頚部の静脈系も動脈同様内外頚静脈、椎骨静脈系からなり頭部の血流を還流している。頭部の病的静脈閉塞は静脈洞閉塞としてS状静脈洞、横静脈洞他各所でまた各種原因で起こりえる。CT,MRIの発達に伴い明らかになることが多くなっており、何れも完全閉塞ではないが頭蓋内圧亢進症状が主体である。

頭蓋内の組織は脳実質(支持組織を含めて)80%、血液と脳脊髄液は各々10%の割合で、これらの成分が非圧縮性であれば頭蓋内容積は常に一定である。血腫などで容量が増えた場合、血液や脳脊髄液が頭蓋外に排除されれば緩衝作用として働き頭蓋内圧は上昇しない。頭蓋内圧容量曲線から頭蓋内生理的代償能力の限界点は15mmHg(≒200mmH2O)であり、これを超えると頭蓋内圧亢進と考える。

完全に静脈潅流が無く、動脈血が流入した場合には1分間に約900mlの血液が貯留していくことになる。脳灌流圧(平均動脈圧-平均頭蓋内圧)が40~50mmHg以下になると頭痛、呼吸脈拍異常、意識障害が生じ、次に血圧上昇、徐脈、呼吸異常、昏睡から脳ヘルニアに至る。(詳細は成書に詳述がある)

脳灌流圧が50mmHg以下になる頭蓋内圧上昇には頭蓋内容積の5~7%程度の変化があれば良く、10秒程度で起こり得る。脳脊髄液等による緩衝作用の時間も勘案すると約30秒で脳灌流の障害が発生することになる。 尚、頚静脈を閉塞するのに要す力は2~3kgとされている。(後述)

4.力の強さ

気道閉塞は15kg、動脈閉塞は3.5~5kg、静脈閉塞は2~3kgと成書に記載されているが、イメージとしてかなり軽い力で作用しているような感じを受けてしまう。そこで水銀血圧計を用いて簡単にデモンストレーションする方法を考えた。

Queckensted testについて考えてみると、頚静脈を圧迫し脳脊髄液の圧力が10秒以内に100mmH2O以上上昇し、加圧解除で10秒以内に下降することから、静脈灌流阻害による脳脊髄液の緩衝作用の量と考えることができる。

その際の圧力は、マンシェットを用いた場合20mmHgで結果が求められるため、20 mmHg = 0.02719 kg/cm2 であるから、 110 cm2 ≒ 3 kg となる。手のひらの面積が120~140cm2 なので、握りやすいように首回りくらいの大きさで、少し加圧した(20~40mmHg程度)マンシェットを20mmHgだけ圧が上昇するように握ると大体3kgの力が頚部に加わった計算になる。同様に6kgなら40mmHg、15kgなら100mmHgの力を加えてみるとよい。かなり強い力が必要なことが体感できる。

尚、首を絞めるような動作をおこなう場合に作用できる手掌面積はせいぜい50%程度であろうことも考慮すると良い。

5.皮下出血

首を絞められた場合に、頭部および顔面に溢血点ないし出血斑が見られる。どのくらいの鬱血(静脈閉塞で考える)があればできるか考えてみた。

毛細血管抵抗試験の一つにRumpel-Leede法がある。マンシェットを用いて中間圧で5分間欝血させ、解放後2分で溢血斑の有無を見る方法で、0.5~1mm以上の直径を有する明瞭な点状出血が10~19個以上で陽性判定であるので、健常人でそれ以上の数があれば静脈閉塞が5分程度は続いていた可能性が示唆される。尚、血流量や皮膚強度の差を勘案しても同様と見なすことができる。

以上のように考えてみると、成書のとおり扼頚では動脈系の関与はほとんどなく、絞頚でも静脈閉塞の影響が大きいことが改めてわかる。

肺 癌 (はいがん)

肺癌は、今日では日本人の死因の第1位となっており、愛媛県における肺癌による死亡率は全国で第4位で、米国同様、これからどんどん増えていくと考えられています。自覚症状としては、咳、痰(特に血痰)、胸痛、呼吸困難、発熱の順ですが、症状が無い場合も25%位あります。このように、感冒や気管支炎のような症状しかないため、病期が進行してから発見される場合が多い事もあって、その生存率は胃癌や肝臓癌に比べ非常に悪く、全体の5年生存率は10%位しかありません。しかし、早期に発見され、手術をすることができた場合には(大体3cm以下の大きさ)90%近くになります。どんな病気もそうですが、肺癌の場合には特に早く見つけることが重要ですので、われわれの診療施設を受診することはもちろん、集団検診を積極的に利用していただきたいと思います。この春から、愛媛県では、肺癌検診車にコンピューターを使ったレントゲン装置(CR)、およびヘリカルスキャンCTを導入しました。これは、レントゲンの情報をコンピューターで処理して画像情報として記録し、通信回線で愛媛大学病院、県立中央病院、国立病院四国がんセンター病院、国立療養所愛媛病院、松山赤十字病院などと結んで呼吸器科の専門医が診断を行うというものです。これらによって、より早期に診断がつく事が期待されています。また、レントゲンの診断では、以前に撮られたものとの比較ができれば、より精密に判定ができます。40歳以上のかた、または、半年以内に血痰があったり、喫煙指数(BI:1日の喫煙本数×喫煙年数)600以上であれば、近くの医療機関か集団検診を利用して、1度(もちろん毎年撮る方がいいのです)胸のレントゲン写真を撮っておかれてはいかがでしょうか。

息切れ 呼吸困難

私たちは、日ごろ息をするということを意識することはほとんどありません。つまり無意識のうちに呼吸が行われています。もちろん、脳のなかでは体の必要に応じていろいろな過程を経た調節が行われています。 ところが、体が呼吸することへの要求が強いとか、呼吸器系、循環器系等に何らかの障害がある場合には、無意識下の調整は早晩ゆきずまって、意識の介入が始まります。こうして息切れ、呼吸困難がおこります。 息切れと呼吸困難は特に区別なく使われている言葉ですが、それらの原因には、肺への空気の通り道に問題がある、肺が膨らみにくい、あるいは縮みにくい、肺の血管がつまっている、または縮んでいる、心臓が悪いため肺に血液が行かない、血液が充分にないか、あっても正常な成分でない、空気そのものに異常がある、気にしすぎるなど、いろいろな状態が考えられます。特に、気管支喘息と心不全からくる心臓喘息とは症状が似ているけれど、治療法が全く異なるため、その診断には注意が必要です。いずれにせよ肺の奥(肺胞といい、酸素を血液に受け渡すところ)に空気がたどりつけないか、空気が充分であっても酸素を運ぶ血液ないしヘモグロビンが不足している状態が考えられるわけで、これらを正確に診断するには、その息切れが、どういう時に(例えば農作業をした時、じっとしている時)、どの程度の強さの(少しの、あるいは強い)、どのくらいで(すぐに、あるいは何分ぐらいで)、どうなる(立ち止まる、座り込む、倒れる、等)といった症状、呼吸のパターン、チアノーゼの有無、神経の症状、心雑音などに加え、レントゲン、心電図、血液検査、心エコーなどの検査が必要です。従って、息切れ、呼吸困難を少しでも感じる方はもちろん、、血圧、不整脈、動脈硬化、糖尿病、高脂血症などの慢性の病気で医師にかかっている方も、かならず内科医の診察を受け、コントロールしてもらうようにお勧めします。

スポーツ活動と心筋症(突然死を含む)

トレーニングをしていると、筋肉が鍛えられて太くなっていくように、いろいろなスポーツによって心臓も大きくなっていきます。スポーツ選手の心臓が大きくなることは19世紀にはもう知られていました。心臓が大きくなる、といっても、いろいろな大きくなり方があって、やっているスポーツによって特徴が見られます。
 重量挙げ、レスリング、砲丸投げなどの静的運動(等尺運動ともいいます。いわゆる筋肉トレーニングが主体の運動です。)では、筋肉が急に縮まるような運動なので、心臓には圧力の負担がかかり、心臓の壁が厚くなって、重量も増えてきます(求心性肥大)。一方、マラソン、水泳などの動的運動(等張運動ともいいます。いわゆる持久力トレーニングが主体の運動です。)では、心臓から一回に送り出す血液の量が増えるため、心臓には血液量(容量)の負担がかかり、心臓の容積が増えます。結果として心臓は拡張という形で大きくなり、それに伴って心肥大となります(遠心性肥大)。
 スポーツ心臓と呼ばれる状態は、これらの機能的、形態的変化をまとめた考え方です。心臓が大きくなるという現象については、スポーツ中のパフォーマンスを高めるために有利である、という考え方がある一方、激しいトレーニングは心臓の筋肉に傷害を引き起こす可能性があるので、過度のトレーニングは有害であるとする立場もあります。
学校での心臓検診は、聴診器での診察と心電図で行われます。診察では脈がゆっくり(徐脈)であったり、雑音(収縮期雑音、Ⅲ音、Ⅳ音)があったり、脈がとんだり(不整脈)することがあって、スポーツ歴があれば精密検査(心エコー、胸部X線撮影、長時間心電図検査など)を行います。心電図では、脈がゆっくりで、乱れている状態(徐脈性不整脈)や心臓のなかの刺激を伝える機能に問題がある状態(房室ブロック)などが見られます。 心臓が大きくなっているといっても、スポーツ心臓では胸部X線写真で心胸郭比(胸全体の大きさと心臓の大きさの割合)の異常としてとらえられる事はあまりありませんが、心エコーではその特徴がはっきりします。重量挙げなどの静的運動では左心室壁の肥厚(筋肉が増える)がはっきりしており、マラソンなどの動的運動では、左心室内腔の増大(容積が増える)が特徴的に見られます。
スポーツ心臓は病気で心臓が大きくなっている状態と区別する必要があります。そのなかでも、肥大型心筋症はスポーツ中の突然死の原因として重要です。とくに選手を含む若い人では頻度が最も高くなっています。その原因は不明であり、突然死にいたる詳しい理由はわかっていません。症状としては、動悸、息切れ、めまい、胸の苦しさなどがありますが、症状のない場合もあります。心筋症を疑わせる症状などには、次のようなものがあげられます。
(1) 心臓病があるといわれたことがある
(2) 心雑音があるといわれたことがある
(3) 心電図に異常があるといわれたことがある
(4) 家族の中で原因不明で急死した人がいる
(5) 親戚の中で心筋症と診断された人がいる
(6) 脈が急に速くなったり、不規則になったりする
(7) 運動をしたときに胸が痛くなったことがある
(8) めまい、立ちくらみがある
(9) 意識を失ったことがある
(10) 安静時、睡眠中に息苦しくなったことがある
スポーツ歴の有無と心エコーがスポーツ心臓との区別に役立ちます。スポーツ心臓の場合、それが形成されるためには、トレーニングはかなり長期間でハードなものが必要とされていますし、スポーツ(トレーニング)を中止すれば、その特徴の多くはなくなります。また、心エコーでも左心室の拡張機能(心臓の柔軟さと考えてください。肥大型心筋症ではこれが障害されています)は正常に保たれています。肥大型心筋症でも日本では、心臓の一部(心尖部:心臓の下の端っこ)だけのものも多く見られるので、精密検査を受けた上でスポーツが許可される場合もありますが、趣味の範囲にとどめ、競技スポーツは禁止となります。
心筋症にはほかに拡張型心筋症があり、これも原因不明で心臓の収縮力が弱くなって心臓が拡大していく病気ですが、やはり競技スポーツはできません。
つぎに先天性冠動脈奇形といって、心臓に酸素、栄養を送る欠陥である冠動脈が出ている場所が悪いために、運動したときに血液の流れが悪くなって急死することがあります。これは、血管造影という方法でなければわかりません。元気なうちに診断することは困難です。
解離性大動脈瘤の破裂による急死もときに見られます。主にはマルファン症候群という先天的な遺伝性の病気によっておこるもので、以前にバレーボールの女子選手が試合中に急死したことが大きく報道されました。背が高く、手足の長いのが特徴です。
もちろん成人に多い冠動脈の動脈硬化による虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)も、最近の食生活の欧米化に伴って増加傾向にあり、血中コレステロール値のコントロールが欠かせなくなってきています。
これらのほかに心筋炎も突然死の原因として重要です。心筋炎は風邪のような症状ではじまり、おなかの調子が少し悪い、微熱がある、関節が痛い、筋肉痛があるといった軽い症状があって、いきなり心臓が止まったり、心不全になったりするもので、いろいろなウイルスや薬の影響などが原因として考えられています。軽い風邪症状のときでも、発熱、筋肉痛、倦怠感があるうちは、運動は許可するべきではありません。また、咳、鼻水があるうちも運動は避けたほうがよいでしょう。

参考文献

1. 河野一郎:有疾患患者とスポーツ、スポーツ外来ハンドブック、南江堂、東京、P23-24、1992
2. 村山正博、河野一郎:一般臨床医のためのスポーツ可否・許可基準ガイドブック、南江堂、東京、1995
3. 日本体力医学会編:スポーツ医学、朝倉書店、東京、1998
4. Keul, J., Dickhuth, H.-H., Lehman, M. and Staiger, J. : The athlete’s heart – Haemodynamic and
   Structure., Int. J.Sport. Med., 3. 33-43, 1982
5. Mitchell, J. H., Manon, B. J.. and Epstein, S. E.: 16th Bethesda conference; Cardiovascular abnormalities in
   theathlete:recommendations regarding eligibility for competition, J. Am. Coll. Cardiol. 6. 1189-1232, 1985
6. 小堀悦考:スポーツにおける循環障害、スポーツ医学の基礎、朝倉書店、1993